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2011年 12月 23日
![]() ![]() ![]() ![]() そうたの強い強いリクエストに根負けして、動植物園に行きました。 寒いのはわかっていたけど、そうたの喜ぶ顔をみるため、厚着をしていざ出発。 途中薬院のモスバーガーでランチ。フランクフルトを頬張るそうた。 そして、西鉄バスに乗って動物園へ。 恐れていたほどは寒くなく、人が少なくて見学しやすくもあり、日がさして植物もきれいでした。 ゾウさんは砂かぶり、キリンさんはダッシュ、チンパンジーも目の前をブラブラと通り過ぎ、 ライオンさんはメスだけだけど珍しく起きていたし、ゴリラも一番上に座って起きていて、 動物たちも意外に活発で、普段みれない姿がみれて楽しかったです。 植物園に行くと、そうたは一人で遊びはじめ、木の枝を5本も拾って、大事そうに持っていました。 水路の飛び石を渡るときは、やはり怖いようで手をつないできました。 お兄ちゃんになったそうた。子どもなりに思うこともいろいろあるんだろうけど、 明るく、前向きで、健気な姿を見ていると、ほんとうにいとおしい気持ちでいっぱいになります。 今度はどこにおでかけしようかな。 2011年 12月 20日
![]() 仕事で忙しいなか、兄が福岡にたちよってくれました。 たっくんの誕生祝とそうたのためにクリスマスプレゼントをたくさん持ってきてくれたおじさんサンタ。 楽しい時間を過ごすことができました。ありがとう! 2011年 12月 12日
![]() 2011年12月12日、第二子が無事誕生しました。 3800gを超える大きな子でしたが、助産院に入ってから45分で生まれるスピード出産で安産でした。 名前は「たくと」。たくちゃん、たっくん、たくとくん。たくと三段活用の完成です。 皆に愛され、きちんと生きていって欲しい。そうたとうまく力を合わせていってほしいと願い、この名にしました。 目と鼻がパパに似ているという噂です。どんなイケ面になることやら(ウソ)。 そうたはいよいよお兄ちゃん。心優しいそうたは、弟の誕生をとても喜び、ヨシヨシしたり、抱っこしたり大忙し。 オムツ換えがはじまると、ティッシュとオムツをとってきてくれます。 私もきっとこんな風に兄たちの世話になりながら、育ててもらったんだろうな。 「よにんかぞくにになったね!」とは、そうたの名言です。 2011年 10月 14日
![]() 8月4日、東京四谷の土木学会講堂で行われた研究集会「景観研究を悩む」で、 東工大の斉藤潮先生が、「景観」という分野の存在意義について、 支配的な「見かた」の陰に埋没している異なる「見かた」を提起しながら、人間と環境との関係を問い直し続けること とおっしゃっていて、なるほどと思った。 私たちの社会を支配している「見かた」とはどういったものだろうか。 そのことについては、内山節さんの最新作「文明の災禍」を読み、改めて考えさせられた。 私たちは、まず、その支配的な「見方」に対して、自覚的でなければならない。 次に、その「陰に埋没している異なる見かた」を自分のなかに組み立て続けることが求められる。 社会は変化するし、毎日自分も様々な経験をする。そのなかでこの思考は持続されなければならない。 この社会を支配する巨大なシステムに対する「提起」は、当然一朝一夕ではなしえない。 過去を知ること。人を知ること。社会を知ること。この辺からかなりしんどくなってくる。 風景とは何か?そして、今なぜ「景観」を考える必要があるのか? 「景観」という窓を通して社会のどのような問題がみえてくるのか? 今の時代に応じた「風景」を語ることが、絶えず求められる。 10月1日、佐世保で行われた篠原修先生の講演会に参加した。 題目は「私と、私達と共に生きる風景」とあった。 風景とは、私にとって何なのか、私達にとって何なのかを問い続けている恩師の現時点での考えを聴くことができた。 一般聴衆にとっては、むしろあたり前のこと、何を今更という感じであったかもしれない。 この人いったい何が言いたいのか、と感じた人も多かったのではないだろうか。 しかし、それは、人々にとってあたり前に存在している風景の価値に彼が迫ろうとしているからだろうと思った。 私のものにした風景を、いかに私たちの風景にするのかが課題だ 彼の講演の結論は、自分にはまだわからないことがある、ということだった。そのことにも感銘を受けた。 私達と共に生きる風景とは、一体どのように存在するのだろうか。 10月11日、湯布院で行われた料理研究家、辰巳芳子先生の講演会に参加した。 「いのち」を見つめ続け、食を通してこの国とそこでの人々の暮らし方を問い続けた彼女の話は、 強さと優しさと厳しさとが縦横無尽に押し寄せてきて、あまりの凄味と迫力に体が勝手に反応して涙が出てしまうほどだった。 「食べる」とは、生物としての「ヒト」が実存としての「人」になるためにする行為である。 何事についても「その向こう」をみないといけない。「その向こう」とは「いのち」のこと。 それは、毎日の「おはよう」「ありがとう」「おやすみなさい」のなかにある。 「希望」のもとは「信じること」にある。 日本人は、持っているものと持っていないものが未だに識別できていない。 それはただ感じるだけでは駄目。国際社会で生きていくためには、知ろうとしなければいけない。 「希望すること」「信じること」から「愛」が活かされる。 でも「愛」は自分が思っている以上に表現したがるもの。 だから、本当にいいのは、「真心をこめる」こと。真心のこめ方にうまくピントを合わせること。 そのためには生物としての自分をよく理解すること。そして、自分の魂の声をよく聴くこと。 人は誰でも塔を立てることができるのだと信じている。 「風景」や「地域」を見つめるのが自分の仕事だと思って、思考を続けてきた。 でも、こうした一連の話をききながら、「いのち」について考えなければならないのだろうと思いはじめた。 そのとき、人間の根源的なものにアプローチしていくのには、戦争を体験した人々の話に耳を傾けなければならないと感じた。 辰巳芳子先生も84歳。戦時中の母(辰巳浜子)の話をされていた。 以前、東大でお話をきいた大谷幸夫先生。彼の都市論は、焼け野原での生存に基づいている。 吉本隆明の日本人論。私たちが繰り返してしまうかもしれない過ちを彼は知っている。 NHKで放送されていた椎葉村の山で生きるおばあちゃんの話。 私たちは、こうして静かに、つまり支配的な「見かた」に埋没しながら続けられる行為を知り、 それが私たちに何を問いているのかについて考え続けなければいけないだろう。 2011年 06月 04日
今日は、那珂川町に住む友人のところで開催される「ホタル豆腐の会」へ。 おいしい豆腐を食べて、夜はホタルをみようという企画です。聡汰と一緒にいってきました! ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 福岡県、大学関係者、地元住民の努力により遺構を残した整備がされました。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() みなでわいわいとお話をしながら美味しいもの食べて、聡汰も私もとても楽しい一日でした。 企画していただいたキトウさん、ありがとうございました~。 2011年 05月 25日
![]() 早くしないと遅刻するぞー、というパパの心の叫びは耳に入らず、黙々と進めるそうた。 ![]() 2011年 05月 20日
![]() シバタさんと一緒に熊本市の中心を流れる「白川・緑の区間」を訪れました。 研究室の先輩の研究室のみんなが代々設計提案をし続けている整備の現場です。 急の連絡だったのにも関わらずオノさんがかけつけて案内してくれました。本当にありがとう。 3人で右岸と左岸をぐるっと一周まわりました。とてもいい天気でした。 歩いていたら、コバヤシ先生、ホシノさん、それから知っている学生のみんなの顔が浮かんできて、 断片的に聞いていた大変だったことや楽しかったエピソードも思い出され、 長い年月のなかで、この空間に注がれたエネルギーや思いの大きさを感じずにはいられませんでした。 一周したら少し汗をかくくらい暑い日でしたが清々しい時間でした。 心のこもった空間、いろんな配慮の感じられる空間は、やはり歩いていて気持ちのいいものなんだなぁ、って素直にそう感じました。 ほんの短い時間でしたが。 全体の完成が楽しみです。 2011年 04月 24日
哲学者の内山節さんから、下記のようなよびかけの連絡をいただきました。 皆様、ぜひ自分の身の周りの方々に広げていただければと思います。 私自身も、今回の震災で人間だけでなく、多くの生き物も命を失ったということに思いをよせ、 亡くなられた方々に対して、祈りを捧げることから、この社会を支える一員としてスタートしたいと考えております。 ------------------------------------------------------------------------ 東日本大震災で亡くなった人々を、みんなで供養しよう ―亡くなられた方々の冥福を祈る日をみんなでつくりだすことを呼びかけますー 最初の呼びかけ人・内山 節 日時 2011年(平成23年)4月24日日曜日 この日にそれぞれの場所、それぞれの方法で亡くなられた方々への冥福を祈りましょう。 また12時正午にはみんなで祈りを捧げたいと思います。 方法 ご自身の信仰をおもちの方はその方法で、また他の方々はそれぞれが思いついた方法で。 被災地の方角を向いて手を合わせる、仏壇などをおもちの方はお線香を上げる、近くのお寺、 神社、教会などに集まり祈りを捧げる、ご自宅に思い思いのデザインの半旗を掲げる、 追悼の集まり、コンサートなどを開く、・・・・方法は自分がよいと思う方法で、 自分のできる方法で。国葬のような儀式にするのではなく、全国津々浦々でみんなが送る日にしたいと思います。 東日本大震災は私たちのなかに驚き、恐怖、悲しみとともに、自分自身もまた「支え合う社会の一員でいたい」という強い意志をも生みだしました。皆様もそれぞれの場所、それぞれの方法で、直接、間接的な被災者への支援の活動をおこなわれていることと思います。私たちの役割はこれからも持続的な支援活動を続けながら、被災地の復旧、復興に協力していくともに、この直接、間接的な活動をとおして社会とは何か、社会はどうあるべきか、暮らしや労働をどう変えていったらよいのかなどを捉え直し、日本の社会を再生させていくことだろうと思います。 その意志を示し、未来への歩みをすすめるために、みんなで東日本大震災で亡くなった方々を供養する日を設定することを呼びかけます。 古来から日本の社会には、災害や「戦」などの後に亡くなられたすべての方々の冥福を祈り、死者供養をする伝統がありました。「戦」の後には敵味方を区別せず供養しました。またそのときには人間だけではなく、巻き込まれて命を落としたすべての生き物たちの冥福を祈りました。さらに災害の後には、大地が鎮まることをもみんなで祈りました。そうすることによって、悲劇に巻き込まれていった生命への思いを共有し、ひとつの区切りをつけ、次の歩みに向かう入り口をつくりだしてきました。 この度の大災害で亡くなられた方々に対してはすでにご遺族の方々などの手によって、精一杯の供養がおこなわれたことだろうと思います。しかしその一方でご家族が全員亡くなられるなどして、誰にも送ってもらうことができないでいる人たちもおられると思います。そのような方々に対してはもちろんのこと、すでにご遺族の方々なとによって供養された人たちに対しても、みんなで追悼、供養してあげようではありませんか。そうすることによって、これからの私たちの決意をも示したいと思います。 この案内を受けられた方は、ご友人、お知り合いなどに転送し、この呼びかけを伝えてはいただけないでしょうか。またホームページ、さまざまなSNSなどでも呼びかけ合うとともに、供養の方法を提案していただければ幸いです。お寺、神社、教会などにも呼びかけ、私たちはこの災害とともにこれから生きていくことを確認したいと思っています。 亡くなられた方々を十分に追悼することなく、未来を語ることに私はためらいを感じます。ここからはじめませんか。 2011年 04月 02日
![]() 聡ちゃんの保育園の進級式がありました。ママは残念ながら仕事。二人で行ってきました。 これで聡ちゃんは3歳児クラス(通称:Cさん)になりました。 聡ちゃんの最近の口癖は、「聡ちゃんは赤ちゃんじゃないよ。お兄ちゃんだよー」です。笑 この保育園で3歳児以上の以上児さんは、「縦割り保育」を導入していて、 3歳(Cさん)、4歳(Bさん)、5歳(Aさん)が混ざったクラスが4クラスあります。 なので、これからは聡ちゃんはお兄ちゃんやお姉ちゃんたちと同じクラスで、 運動したり、手仕事したり、給食を食べたりするのです。 聡ちゃんのことをお世話してくれる年長さんも決まっていたりします。 子供の社会性を育む、すごく良いシステムだな、と思います。 聡ちゃんを元気に、明るく育ててくれて、本当にこの保育園でよかったなと思います。 進級式が終わって、園庭に出たら、喜んで、わーわー走り回ってました。 こんなにかわいい子供に恵まれて、神様と妻に本当に感謝したいな、と思ったそんな一日でした。 2011年 03月 24日
![]() 卒業式のあとに研究室での謝恩会に参加しました。 大学に来て7年目、助手としての立場ではなく、先生としての立場で一緒に時間を過ごした 初めての学生が卒業する日でしたので、この日は、私にとって特別な日となりました。 私は、晴れ晴れとした充実感を感じていました。 その充実感のもとは、「人を育てた」というような大層なことではなくて、 お互いに良い影響を与えあう関係を築くことができたという経験だったと思います。 そして少し飛躍するんだけど、きっとその前提として「自分自身が成長過程にいること」が大事だったんだろうと思います。 自分で言うのもなんですが。 でも、きっとそれが教育者として大事なことなんだろうな、となんとなく思います。 だから、4月からも、自分は自分の目標に向かって、一生懸命進み続けていくんだ、 その中で、またよい出会いがあればよいな、と。 そんな風に思う一日でした。初めてにしてはまずまずの実感ではないかなと思います。笑 2011年 03月 21日
![]() もう5年くらい前になるでしょうか。まだ助手だった頃に、先生や学生と足しげく通った長崎のプロジェクト。 しばらく音沙汰なかったのですが、道路完成のお披露目会をするというので、 検討ワークショップに熱心に参加してくださっていた住民団体の方からご招待を受け、 本当に久しぶりに現地を訪れました。 当時頑張ってくれていた学生諸君はもう卒業しており、職場も遠いため残念ながら欠席でした。 最終段階にコミットできなかった割には、比較的きれいに施工されていました。 最終的な設計や施工をした方々のものづくりに対する誠意というか善意みたいなものを感じて、 本当にほっとしました。先生と「よかったね」と笑顔で話しました。 イベント終了後、住民団体の方とお昼を楽しくご一緒し、 また細々とでも何かお役に立てればという感じでお話しました。 少しずつでも続いていくとよいな、と思っています。 2011年 03月 10日
![]() 年度最後の由布院となりました。この一年は、例年以上に来る機会に恵まれました。 委員会、協議会、検討会、論文ヒアリング、現地調査、皆さんの真剣な議論にいつも引っ張られて。 今年は、それらの議論のいくつかが成果としてあらわれてきて、皆の顔にも少しだけ充実感があるような。 来年度もまたいくつかが「仕上げ」の段階。引き続き頑張ります。 個人的にはいよいよ由布院に関わって10年目に突入です。 |
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